そう、京都市電伏見線(正式名称かは分かりません)は
京都駅(烏丸口側)から今の竹田街道を南下し
中書島まで続いていました
昭和45年廃止。
しかし、この伏見線は明治28年、
日本で初めて「電車」で営業をした路線なのです。
(当時は伏見の油掛までだったそうですが)
では、各鉄柱をズームアップして見ていきます
6の鉄柱の上のほうです
街灯への電線が切れています
先っぽの帽子みたいな形が
面白いですよね
デザインなのか、何か構造上なのか
気になるところです
5 の鉄柱です
こちらも街灯への電線が切れています
上のほうはたくさんの電線が交わっていて
なんだか苦しそうです
同じく 5 の鉄柱です
いくつかの鉄柱には写真のような
プレートがついていました
伏 2694 見
京都市 と
ここには書いてあります
なぜか番号の部分が、まるで磨かれたかのようにきれいなのが気になります…
1 の鉄柱です
いくつかの鉄柱にはごらんのような
三角形の支持具(?)が付いていました
何がどのようについていたのか不明です
おさらいです
カーブより西の方向を見た写真です
今度は南を向いた写真です
と、写真を並べてきましたが、市電の架線柱だったとは確証できてません
架線中ってたいてい対になっているから道路を挟んだ反対側にも
何かあるかなと思って探したのですがなにも見つけられなかったです。
というのも、鉄柱があるのと反対側は家が新しかったりして古い部分が残っていませんでした。
ということで、もう少し調査が必要です。
書物でも「京都市電」はよく見かけますので調べてみます。
また、何かご存知の方がいらっしゃいましたらぜひおしらせください!
いつもの道にこんなものが残っているのかとかなりうれしかったのです。
後日「解決編」 お楽しみに!!…解決できるのか?(汗
(まぁ、謎は謎のままのほうが楽しい気もしますけど(笑)
すべての写真 2004年2月6日撮影
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